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食語の心 第94回
作家 柏井壽
かつをぶしの時代
30年近くもむかしのことだが、『かつをぶしの時代なのだ』というエッセイを読んで、腹を抱えて笑ったことがある。エッセイの名手として知られる、椎名誠の初期の作品だが、その個性的な視点には、ずいぶんと驚かされたものだ。

 その内容は、と言えば。

「かつをぶしに偏愛をささげて40年。だし汁の味はもちろん、削った時の、薄桃色の優しく艶やかなひとひらふたひら。男らしい語感、凛々しいお姿。全面的にかつをぶしをお慕いする」

 そんな軽妙洒脱なエッセイは、今読み返しても新鮮な文章だ。ふつうの人間なら見過ごしてしまうだろう、些末なことに心を留めて書き綴つづったエッセイには、大いに啓蒙された。その後、自分でもエッセイを書くようになったが、こういう軽やかな文体はとても真似できるものではないと気付いた。
ところで、そのタイトルとなったかつおぶしだが、当時我が家にはかつおぶしを削る道具があって、時折食卓に登場した。子どもにはその価値など分かろうはずもなく、そんな面倒なことをしなくても、削ったかつおを乾物屋で買ってくればいいではないか。あるいは、そのころ盛んに使われていた化学調味料を使えば簡単でいいのに、と思っていた。
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