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食語の心 第85回
作家 柏井壽
無題
まさか、ということが起こるのは世の常だと言うものの、ここまでの事態を誰が想像しただろう。
 地球規模で広がってしまったウイルス禍は、世界中の飲食業を直撃した。
 桜の開花宣言があちこちから聞こえ出した日本では、多くの飲食店が悲鳴を上げつつも、通常通りに店を開けている。
 しかしながら欧米を始め、世界各地では店を開けることすらできず、その状態がいつまで続くのか分からないほどの大混乱に陥っている。
 先月のコラムでは、希望も込めて楽観的な見通しを示し、収束、もしくはそれに向かっているだろうと書いたが、どうやらそれは甘かったようだ。
 自粛ムードに覆われてはいるものの、まだ今の日本では普通の暮らしができている。しかしこの先どうなるかは誰も分からない。神のみぞ知る、といったところだ。
 こよなくおいしいものを愛する人たち、食に携わる人たち、食を生なり業わいとする人たちに向けて、「食語の心」と名付けたこのコラムを長く書き続けてきて、今何を書けばいいのかと迷うのは初めてのことだ。
 この未曽有の事態に遭遇して、食をあれこれ書き続けている身として、備忘録的に世間の動きをつづっておくとしよう。
 いわゆるグルメライターと呼ばれる人たちの対応は、大きく二つに分かれている。
 一つは、我関せず、というか、何ごとも起こっていないかのように、いつも通り外食のあれこれを、事細かにつづっているパターン。
 潔しと言えなくもないが、この状況に至っても、わざわざ遠くの名店に出掛けて行って、食材がどうの、調理法がどうの、と事細かに書いているのもいかがなものかと思う。
 一方で、飲食店業界の窮状を察知し、何とかせねばと呼びかける人たちも少なくない。
 その意気や良しと思いながらも、どうにもその言葉遣いが気になる。
 飲食店を救済しよう。と聞くと、あまのじゃくな僕などは、上から目線に思えてしまうのだ。
 災害時にはしばしば、こういう声が上がる。あの東日本大震災の直後も同じだった。
 大きな災害が起こると、被災者に遠慮して歓楽的な行動を自粛するムードが広がる。
 その中の一つに外食も含まれることが少なくなく、ここで外食好きたちが声を上げるのである。レストランを応援しよう、と。そのこと自体は好ましいのだが、応援だとか救済とかを声高に叫ぶことに引っ掛かるのだ。
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