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 果物のみならず、美味しさは、糖度という数値と連関しないということを如実に証明した番組だった。
 糖度に限ったことではない。人が感じる美味しさと、もっとも遠いところにあるのが数値なのである。
 たとえばラーメン一つとっても、そのスープの温度が何度なら美味しく感じるかは人それぞれ、千差万別なのである。あるいは同じ人でも、季節や体調によっても異なるはずだ。
 だからこそ人は美味しさの訳を知りたくなるのだ。
 もしくは食材の加熱時間。これも人によって好みが分かれて当然である。それゆえステーキの焼き加減をサーブする側が客に訊たずねるのだ。
 ウェルダンが好きな人もいれば、レアを好む人もいる。加熱時間は客の希望に合わせるというのが、これまでの習わしだった。
 最近では肉の焼き加減を訊(き)かれることが少なくなってきた。
 とあるレストランでコースの終盤に出てきた牛肉ステーキ。68度で23分低温調理したものだと、説明を受けた。
 きっとこの店のシェフは試行錯誤を繰り返した結果、これが最良の調理法だと確信したのだろう。肉に限らず、近ごろはこういう料理が主流になってきている。
 この風潮の最大の欠点は、すべてが料理人側の視点になってしまっていることだ。先述したように、人それぞれ味覚は異なるのが当然なのだから、客の好みに合わせるべきなのに、料理人の好みに客を合わせようとする。
 長く言い続けてきていることだが、〈おまかせ〉という言葉は耳ざわりがいいかもしれないが、実質は〈おしつけ〉なのである。客が食べたいものを訊かずして、自分が食べさせたいものを押し付ける。
 それが嵩(こう)じて調理法までもを客に押し付けるようになった。それを客に納得させるための方策が、食の数値化であり、もしくは〈記号〉なのだ。次回はその〈記号〉にも触れてみたい。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。
『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。
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