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外観だけではなく、店のロゴまで同じデザイナーの手に掛かってしまうと、瓜二つの店が出来あがってしまう。
 たとえば京都の割かっ烹ぽうで言うと、銀閣寺近くにある人気店とよく似た造りの店は何軒もある。
 カウンターの中にはお竈くどさんがあって、土鍋が掛かっている。後ろの食器棚は、茶席の水屋のような端整な造り。料理人が炭火で魚や肉を焙あぶり、土鍋で炊いたご飯を、客に向けてプレゼンする。
 金太郎飴あめと同じ、と言っては失礼かもしれないが、店の造りのみならず、料理の手法までそっくりな店が、京都だけでなく、日本全国にある。決してそれを否とするわけではないが、外観や造り、料理にももっと個性を発揮して欲しいものだと、いつも思っている。
 京都の街を歩いていると、近所に限らず、あれ? こんなところに、こんな店があったっけ? と思うことがよくある。それらはたいてい、地味な店構えで、目立とうなどという意識はまったくないように思える。むしろ見つけられないように、わざと地味にしているのではないか、とさえ思ってしまう店。
 最近では二条城にほど近い三条通を歩いていて、ふと目に入った店。
「S」という屋号の蕎麦(そば)屋で、如何にも古くからあるような目立たない店構え。間口も狭く、店の前には出前用だろう自転車が停(と)めてあって、白い暖簾(のれん)が掛かっている。
 店に入ってみると、テーブルがふたつだけ。ひとりも客はいない。ひっそりとした店だが、出汁(だし)の芳(かぐわ)しい香りが漂っている。
 プラケースに入ったメニューを見ると、驚くほど安い。鍋焼きうどんが580円とは、何かの間違いではないかと思った。
 厨房(ちゅうぼう)はまったく見えない。注文して数分経って運ばれてきたのは、昔ながらの素朴な鍋焼きうどん。海老(えび)天などは入っておらず、子どものころに風邪を引いたら、必ず母親が作ってくれたような鍋焼きうどん。
 具材がシンプルなだけに、出汁の美味しさが際立つ。うどんのひとすじも、つゆの一滴も残すことなく食べ尽くした。
 店に入ってから食べ終わるまで、ほかに客が入ってくることはなかった。観光名所である二条城から、人気の高い三条通へと歩く観光客の目に留まらないのか、目に入ってもスルーされてしまうのか。外観に惑わされていては美味しい店に当たらない。店は見た目が3割だと心得るべし。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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