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女性だけの客も、一人旅の客も、料理が宿泊に付随するものとは思っていないはずだ。場合によっては料理ありきの宿泊となることだってあるのだ。
 一泊二食付き、が逆転して、二食一泊付きに変わったとも言える。そうなれば料理の形もがらりと変わってくるのは必定。求められるのは自由度だ。
 それはちょうど、日本料理の人気店が料亭から割烹(かっぽう)へと移ったのと酷似している。
 とは言え、今の京都の人気割烹は、何度も書いているように、おまかせコース一本槍(やり)だから、客の自由度は極めて低い。セレクトの余地がないのだ。
 それに比べると、今の日本旅館は、予約の段階で料理が選べたり、あるいは宿泊当日でも料理を追加できたり、と何かと融通が利く。
 となればホテルと同様、何日か滞在して、毎晩異なった料理を楽しむことも可能なのだ。
 原稿を書くためにホテルに自主カンヅメになることが多い。そのほとんどは、予算の関係上ビジネスホテルになるのだが、ときどきはレストランを備えたホテルに泊まって、バリエーション豊かなレストラン料理を楽しむことがある。
 それと同じことが、日本旅館でできれば宿ごもりが楽しくなることは間違いない。
 京都から東海道新幹線で米原へ。北陸本線に乗り継いで着いた高月駅には送迎バスが待っている。バスに乗ること10分足らずで到着した宿は「紅鮎(べにあゆ)」という名の日本旅館。
 目の前は琵琶湖。レイクビューの客室には露天風呂が付いていて、部屋に居ながらにして温泉が楽しめる。
 湖北といえば知る人ぞ知る、食材の宝庫であり、湖魚を始め、近江牛(おうみうし)、鴨(かも)、鰻(うなぎ)、冬のジビエに加えて、地場産の野菜も品種は豊富。江州米もあれば、ひと山越えた日本海の幸も身近な存在。
 食材には事欠かない地。あとはそれを調理する料理人次第、ということになるのだが、その点でもこの地が恵まれているのは、京都の奥座敷的な場所にあるということ。
 京都人にとっての琵琶湖といえば、海の代わりを務めてくれる大事な場所。海水浴ならぬ湖水浴は、子どものころから慣れ親しんでいるのが、京都人の習い。
 京都の旦那衆や料理人たちが、骨休めにしばしば訪れる湖畔の宿。舌の肥えた客を相手に、必然的にその腕は磨かれてゆく。
 日本旅館の料理は驚くべき進化を遂げている。その話は次回にまた。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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