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では、日本人は日本茶をタダで飲めるものと決め込んでいるのかといえば、まったくそうではなくて、ペットボトルに入ったお茶なら、進んでこれを買うのである。
おおむね500ミリリットル入りが150円ほど。一見すると安いように思えるが、実はガソリンより高いのである。
 たとえば食堂で、日本茶が有料だとすれば、きっと誰もそれを頼まないだろうと思う。たとえ一杯10円だったとしても、タダの水で済ませるに違いない。
しかし湯呑(ゆのみ)一杯分が30円ほど掛かったとしても、ペットボトルなら何も文句を言わずに買う。自販機の前で、あるいはコンビニで、価格と比べて躊躇(ちゅうちょ)する人など、一度も見たことがない。この差はいったいどこからくるのか。
 おそらく、ほとんどの日本人は、日本茶というものは、料理に付随するものだと思っているのだろう。喫茶店なら無料で水が飲めるのと同じで、どんな料理屋でも和食を出す店なら、日本茶はおまけのようなものだから、無料だと決め込んでいるので、これは店も客も同じ。
 では、なぜペットボトル入りなら平気で買うのか、といえばどうやら、お茶を淹(い)れる手間賃だと考えているようなのだ。
 やかんでお湯を沸かし、茶筒から茶を急須に入れ、お湯が沸いたらそこに注ぐ。たったそれだけの、手間とも言えないほどの手間なのだが、現代人はそれを惜しみ、ペットボトルを買うのである。
 お茶に関しては、もう一つ不思議なことがある。それは抹茶。
「あなたが抹茶を最後にいただいたのはいつですか?」
 そんな質問をして、昨日だとか、今日だとか答えられる人がどれほどいるだろうか。  覚えていないほど、はるか以前だと答える人がほとんどに違いない。
 では質問を変えてみよう。
「あなたが抹茶味のお菓子を最後に食べたのはいつですか?」
 おそらくは、最初の質問と逆の答えがほとんどだろう。それほどに、抹茶を使った菓子は広く普及している。
 抹茶スイーツなどというジャンルがあるほどだから。
 抹茶は本来点(た)てるものであって、菓子に使うのは邪道だ、などとまでは言わないが、それにしても、あまりにも違い過ぎるのではないだろうか。
 食文化は時代とともに移りゆくものだとしても、行き過ぎているのではないか。
 やかんもない。急須もない。そんな家庭が増えているという。そこにはきっとだんらんも生まれないだろう。
 家で抹茶を点てることなど皆無に近いという。そこではきっと、茶の湯文化などかけらも伝わらない。こうして日本が壊れてゆくのだ。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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