かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
細切れ豆腐の味噌汁、色濃き柴漬けと沢庵を合いの手に、ご飯に載せて、黙々とアジフライをむさぼり食う。途中で練り辛子をリクエスト。あろうことか、目の前でチューブを絞って皿の隅っこに。
開いたアジフライを、箸で半分に千切り、ソースをたっぷり掛けて、練り辛子を載せて、ご飯の上に。 ソースの染みたご飯もだが、アジフライがおいしい。特別なものではない、ただのアジフライが、悔しいくらいに旨い。
「どこのアジ? そんなん知りまへん。いつもの魚屋はんが持ってきてくれたんでっさかい。キャベツ? 普通のキャベツですがな。難しいこときかんといてくださいな」 店のオバチャンが面倒くさそうに答える。
先のフレンチでは三千円を軽く超えていたメニューだが、この食堂では、単品ではなく定食になって六百円。つまりは五分の一以下。
これをどう食べ分けるかは、客の判断に委ねられる。安ければ良しとするのか、高くてもブランドを優先させるのか。
時代の流れは後者だろうか。
飽食の時代と言われて久しい。食材も選(え)りすぐり、調理法も、味付けも特別のものでなければ価値を認めない。俗に食通と呼ばれる人たちの価値観に、多数がしたがう流れが出来上がっている。
名もなく貧しく美しく。は、とうに死語となってしまった。
名もあって、貧しくなければ、美しくなくともいい。それが今という時代だ。
意外に思われるかもしれないが、特別なおいしさに出会うことは、さほど難しくはない。世の中に、特別があふれているからだ。それに比して、普通においしいものと出会うのは、極めて難しい。なぜなら、それらは何も主張せず、じっと影を潜めているから。
普通においしいものを食べたい。そう思うことが少なくない。たとえばラーメン。あるいは蕎麦、もしくはカレー、とんかつ。
食べ慣れた味。懐かしい味。いつもの味。普通においしいものが貴重に思える。不思議な時代になったものだ。
開いたアジフライを、箸で半分に千切り、ソースをたっぷり掛けて、練り辛子を載せて、ご飯の上に。 ソースの染みたご飯もだが、アジフライがおいしい。特別なものではない、ただのアジフライが、悔しいくらいに旨い。
「どこのアジ? そんなん知りまへん。いつもの魚屋はんが持ってきてくれたんでっさかい。キャベツ? 普通のキャベツですがな。難しいこときかんといてくださいな」 店のオバチャンが面倒くさそうに答える。
先のフレンチでは三千円を軽く超えていたメニューだが、この食堂では、単品ではなく定食になって六百円。つまりは五分の一以下。
これをどう食べ分けるかは、客の判断に委ねられる。安ければ良しとするのか、高くてもブランドを優先させるのか。
時代の流れは後者だろうか。
飽食の時代と言われて久しい。食材も選(え)りすぐり、調理法も、味付けも特別のものでなければ価値を認めない。俗に食通と呼ばれる人たちの価値観に、多数がしたがう流れが出来上がっている。
名もなく貧しく美しく。は、とうに死語となってしまった。
名もあって、貧しくなければ、美しくなくともいい。それが今という時代だ。
意外に思われるかもしれないが、特別なおいしさに出会うことは、さほど難しくはない。世の中に、特別があふれているからだ。それに比して、普通においしいものと出会うのは、極めて難しい。なぜなら、それらは何も主張せず、じっと影を潜めているから。
普通においしいものを食べたい。そう思うことが少なくない。たとえばラーメン。あるいは蕎麦、もしくはカレー、とんかつ。
食べ慣れた味。懐かしい味。いつもの味。普通においしいものが貴重に思える。不思議な時代になったものだ。
