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これは実際に僕が、とある京都の鰻屋で体験した話である。昔ながらの風情漂う鰻屋で、頃合いの値段とこの店ならではの味わいで、贔屓(ひいき)にしていたのだが、唯一の難点が喫煙可だということ。
 それでも煙草のマナーを心得る客が増えてきた近年、めったに喫煙客に出くわすことがないのだが、この日は悲劇に見舞われた。空いた店なのに、よりによって僕のすぐ隣のテーブルで四人が一斉に吸い始めたものだから、鰻の香りなんかどこかに消えていってしまった。
 見知った店なので、何度か禁煙にするよう頼んだのだが、喫煙客の足が遠のくのを恐れてか、いつまで経っても喫煙可のままである。
 いくら美味しい鰻だとしても、煙草の匂いに混ざってしまっては、すべて台無しになる。この悲劇を境にして二度とこの店には足を踏み入れなくなった。
 愛煙家からは禁煙ファシズムという声が上がるほど、禁煙スペースは増加の一途をたどっている。交通機関は車内のみならず、駅やバス停なども禁煙とし、公共施設はもちろんのこと、多くの店でも禁煙が一般的となっている。
 それに比して飲食店の禁煙化は著しく遅れている。憩いの場だから、というのも分からなくはないが、煙草の煙が〈美味しさ〉の邪魔になることは誰も否定しないはずなのに。
 喫煙者を締め出そうとは思わない。ただマナーを守れない客が居るのだから、分煙なり、喫煙スペースを作るなりして改善するのは飲食店の責務だと思うのだが。
 本来は規則ではなく、来店客のマナー、常識に委ねるべきものなのだが、どうも最近はそれが怪しい。
 最近のコンビニ前は喫煙所と化していて、前を通りすぎるのが苦痛になってきた。路上禁煙区域でもお構いなしだ。衆を頼むかのように群れて吸う。あるいは飲食店でも灰皿があれば、誰遠慮なく吸い続ける。隣の客に声をかけてから、なんていう紳士淑女に会ったことがない。
 煙草だけではない。匂いの強い香水を平気で付けてくる客も〈美味しい〉の天敵だ。いつから日本人は香りに対して鈍感になったのだろう。
 煙草を吸うな、とも、香水を付けるな、とも言わない。ただそれが人の迷惑になっていないか、少しばかり気を配るべきだと思う。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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