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一番の難敵は中華料理である。ラーメン屋に毛の生えた程度の店ならいいが、真っ当な中華料理を食べようとすれば、ひとり客は極めて不利。
 コース料理は、たいていが2名様から、とメニューに記されている。ではアラカルトは、と言えば、これもおひとりさまには厳しい。
 小盆は2~3名様用、中盆は4~5人様用とあり、端からおひとりさまは眼中にないようなのだ。取り付く島もない、とはこういうときのための言葉だ。
 ひとり分のアラカルトを作ってもらえないか。何度か街場の中華料理店でチャレンジしてみたが、門前払いと言ってもいいほどだった。
 そんなおひとりさま難民に手を差し伸べてくれたのは、ホテルのレストランである。
 大阪府は守口市にある「ホテル・アゴーラ大阪守口」という、僕には馴染(なじ)みのホテル。ここの中華レストランで、おそるおそる頼んでみたところ、あっさりと承諾してくれた。
 3種前菜盛り合わせ、エビチリ、北京ダック、五目ソバなどなどのメニューを、ひとり分で作ってくれたのだ。しかも北京ダックなどは、ちゃんとテーブルの近くまで来て、ワゴンサービスしてくれた。
 はて、これは他のホテルでもやってくれるのか、それともこのホテルだけの特別なサービスなのか。
 探究心旺盛な僕は、幾つかのシティホテルに電話で問い合わせてみた。
 するとどうだろう。ほとんどのホテルの中華レストランはノーと言わなかった。―メニューによっては難しいものもありますが、基本的にはできる限りのリクエストにお応えします―
 一様にそう口を揃そろえた。なるほど、と納得。そう言えば、ホテルというところは、客にノーと言わないのを旨としていたのだということを思い出した。
 ならば中華レストラン以外でも、ホテルの中なら、おひとりさま対応してくれるのだろうか。
 大阪府は堺市に立つ、先のホテルと同系列の「ホテル・アゴーラリージェンシー堺」のイタリアンレストラン「ラ・プリマ」で頼んでみた。
―もちろん大丈夫ですよ―
 頼もしい答えが返ってきた。
 歳としを重ねるごとに、胃は細ってゆく。若いときならフルポーションを平気で平らげたのだが、還暦を過ぎた身には、ハーフポーションが精一杯だ。もちろん多少の無理をすれば食べられなくはないが、無理に食べるのも愉たのしくはないし、かといって残すのも如何にも冥みょう加が が悪い。
 アンティパストミスト、ミラノ風カツレツ、トマトスパゲティ、すべておひとりさまサイズで作ってくれた。価格は半分とまではいかなくても、それ相応、十分納得できるもの。フルでもハーフでも、手間は同じなのだから、有り難いことこの上ない。
 とかくホテルのレストランは軽く見られがちだが、なかなかどうして、ハートフルという観点からも、貴重な存在なのだと改めて思い知った。
 高齢化社会と言われだして久しい。日本には今後、多くのおひとりさまが暮らすことになる。当然のことながら外での食事を愉しむことだろう。すべての飲食店が、おひとりさまにやさしくなるよう願ってやまない。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
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