結論から言うと、まったくダメだった。焼飯は油っぽいし、逆に焼売はパサパサしていて、店で食べるあの旨うまさはどこへいったのだろと、不思議で仕方がなかった。三個の焼売こそ食べ切ったが、焼飯は半分近くも残してしまった。『崎陽軒』の「横濱チャーハン」は、必ずと言っていいほど、ひと粒残さず平らげるのに、だ。
いったいこの違いはどこから来るのだろう。どう考えても不思議で仕方がない。疑り深い僕は、ひょっとして、あのときのA店の弁当には何らかの瑕疵があったのではないかと思い、再度チャレンジしてみた。
そして念を押す意味でも『崎陽軒』と両方一緒に買った。
意気揚々と新幹線に乗り込み、発車と同時に、ふたつの弁当を開け、ひと口ずつ食べ比べてみた。はたしてその結果は。
まったく前回と同じだった。『崎陽軒』の圧勝に終わった。
どうにも納得できない僕は、A店へ食べに行った。焼飯も焼売も本当に美味しかった。つまり味が落ちたのではない。では何故この差が出たのか。
難解なようで、答えは実にシンプルだった。ポイントは温度だ。
A店の焼飯も焼売も、出来立て熱々のときは間違いなく美味しい。だが、冷めるほどに、どんどん味が落ちてゆく。一方で『崎陽軒』のほうは、冷めてから食べることを前提にしているので、極端な言い方をすれば、時間が経つほどに旨みが増す。
つまり駅弁というものは、冷めた状態で食べることを前提として作られている。一方で名店のそれは、熱々出来立ての状態を標準とし、冷めても美味しく食べられるように工夫さ
れている、のだ。あくまで、冷めても、である。
言葉にすると僅わずかな差のように思えるが、実際に食べてみるとこの差は大きい。
油の使い方はもちろん、味付け、盛り込み方など、長年の経験によって生み出された調理法があって、はじめて美味しい駅弁になるのだということを改めて思い知った。
老舗洋食店のオムライス弁当を車内で食べてはいけなかったのだ。持ち帰ってレンジで温めて食べるべきものだと納得した。
一方で「チキン弁当」は車内で食べるべきものだと確信した。
チキンライスと唐から揚あ げ、どっちも冷めていても美味しい。今上陛下も好んで食べられるという「チキン弁当」は、僕にとって「横濱チャーハン」と並び立つ、首都圏駅弁界の横綱だ。
ご飯というものは通常、炊き立ての熱々が美味しい。〈冷や飯を食わされる〉という言葉があるほど、冷めたご飯は一段下に見られるものだ。
ではあるが、こと駅弁に関しては、冷めているからこそ美味しいものがあるのだ。その代表とも言えるのが、宮島口で売られている『あなごめしうえの』の「あなごめし弁当」。
行列の絶えない店の中で、出来立てを食べるのもいいが、昔ながらの経木弁当を列車の中で広げるのは、何にも増しての喜び。
経木によって、程よく水分が抜けた味付けご飯と、よく味の染みた焼穴子を一緒に頬張れば、至福のひととき。あまりの旨さに、不覚にも落涙したほどの「あなごめし」。日本一の駅弁だと思う。
いったいこの違いはどこから来るのだろう。どう考えても不思議で仕方がない。疑り深い僕は、ひょっとして、あのときのA店の弁当には何らかの瑕疵があったのではないかと思い、再度チャレンジしてみた。
そして念を押す意味でも『崎陽軒』と両方一緒に買った。
意気揚々と新幹線に乗り込み、発車と同時に、ふたつの弁当を開け、ひと口ずつ食べ比べてみた。はたしてその結果は。
まったく前回と同じだった。『崎陽軒』の圧勝に終わった。
どうにも納得できない僕は、A店へ食べに行った。焼飯も焼売も本当に美味しかった。つまり味が落ちたのではない。では何故この差が出たのか。
難解なようで、答えは実にシンプルだった。ポイントは温度だ。
A店の焼飯も焼売も、出来立て熱々のときは間違いなく美味しい。だが、冷めるほどに、どんどん味が落ちてゆく。一方で『崎陽軒』のほうは、冷めてから食べることを前提にしているので、極端な言い方をすれば、時間が経つほどに旨みが増す。
つまり駅弁というものは、冷めた状態で食べることを前提として作られている。一方で名店のそれは、熱々出来立ての状態を標準とし、冷めても美味しく食べられるように工夫さ
れている、のだ。あくまで、冷めても、である。
言葉にすると僅わずかな差のように思えるが、実際に食べてみるとこの差は大きい。
油の使い方はもちろん、味付け、盛り込み方など、長年の経験によって生み出された調理法があって、はじめて美味しい駅弁になるのだということを改めて思い知った。
老舗洋食店のオムライス弁当を車内で食べてはいけなかったのだ。持ち帰ってレンジで温めて食べるべきものだと納得した。
一方で「チキン弁当」は車内で食べるべきものだと確信した。
チキンライスと唐から揚あ げ、どっちも冷めていても美味しい。今上陛下も好んで食べられるという「チキン弁当」は、僕にとって「横濱チャーハン」と並び立つ、首都圏駅弁界の横綱だ。
ご飯というものは通常、炊き立ての熱々が美味しい。〈冷や飯を食わされる〉という言葉があるほど、冷めたご飯は一段下に見られるものだ。
ではあるが、こと駅弁に関しては、冷めているからこそ美味しいものがあるのだ。その代表とも言えるのが、宮島口で売られている『あなごめしうえの』の「あなごめし弁当」。
行列の絶えない店の中で、出来立てを食べるのもいいが、昔ながらの経木弁当を列車の中で広げるのは、何にも増しての喜び。
経木によって、程よく水分が抜けた味付けご飯と、よく味の染みた焼穴子を一緒に頬張れば、至福のひととき。あまりの旨さに、不覚にも落涙したほどの「あなごめし」。日本一の駅弁だと思う。

かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。