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巴波川は巴波橋の少し先で二手に分かれる。左がそのまま巴波川となり、渡良瀬川、利根川、江戸川へとつながっている。江戸までは約43里(約170㎞)、急ぎでも3日ほどかかった。
 また、日光例幣使が京都と日光を行き来し始めたころ、江戸幕府は関東地方の舟運の整備に乗り出していた。栃木宿の中心部には街道と並行して巴波川が流れており、この川を利用して江戸とダイレクトで交易をした。栃木河岸から本澤河岸(小山市)を経由して、部屋、新波(にっぱ) 河岸までは、川幅が狭く水深が浅いため、底が平らな都賀(つが)舟を使い、途中、高瀬船などの大きな船に荷を積み替えて江戸へ。つまり、巴波川から渡良瀬川、利根川、江戸川と行けば、陸路よりずっと速く大量に物資を運ぶことができたわけだ。
 栃木から江戸への「下り荷」は、木材や名産の桐下駄(きりげた) 、箪笥(たんす) のほか、多かったのは麻や木綿、藍染めの絹織物といった繊維関係だったという。確かに、木綿で名高い真岡(もおか)やつむぎの結城はすぐ近くだし、少し先には絹織物の桐生もある。一方、江戸からの「上り荷」は、日光御用荷物や塩、鮮魚類などであった。
 こうした交易で江戸時代の終わりには、栃木の商人たちは隆盛を極めた。その豪商たちが巴波川沿いに建てた白壁土蔵が、往時の繁栄ぶりを、風情ある景観として今に残している。
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