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幕末には芸薩貿易の拠点となり、中岡慎太郎や大久保利通が寄港したことも知られる。1888(明治20)年の鉄道の敷設により、港街としての御手洗の意義は薄れ、隣の大長(おおちょう)のみかん農家が移り住むなど変貌した。
 軍港として発展し、ものづくりの技術と精神が宿る呉、そして古くからの交通の要所であった島々を、ボルボXC60で走り抜けた。瀬戸内の美しい風景となじむ、端正なデザインのこのクルマは、自然に扱えるテクノロジーを感じながら、真摯に走ること自体を楽しませてくれた。
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