現在も、瀬戸内海の島々には村上海賊の足跡が数多く残っている。緑に覆われたいくつもの城跡の他、印象に残るのは彼らのもう一つの顔を思わせる祈りの跡だ。大山祇神社や海難を防ぐという浪分(なみわけ)観音、海での戦没者や先祖をとむらう無数の墓。因島村上氏が観音堂を築いた白滝(しらたき)山には、海に向かって祈る五百羅漢像が据えられている。海を制した強者どもは、海を愛し、その脅威を知るがゆえに、己と一族の命運を祈った。その祈りの跡を訪れると、時を超え、彼らの思いにわずかながら触れたような気がするのだ。


(左)坂の街、尾道の風景。緑に彩られた坂道を、木造の家々や海を眺めながら歩く。ひっそりとした小道では人に会うことも少なく、志賀直哉が生きた時代に歩いているような気分になる。(右)25の古刹が連なる尾道では、至るところで寺社の存在が目に入る。豪商たちは地元の人々に仕事を与えるためにも寺を建てたという。人々の祈りに支えられた、信仰の街だ。