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現在の東京は、縄文時代には山の手の台地の奥深くまで、海が入り込んでいた。そして人が住み始めるとその高台に神仏を祀まつる場所を作った。その地を中心に人々は生活し、その人々の職業によって周辺はさまざまに発展してきたといえよう。ただ、神仏を祀った場所はずっとそこにあり、まるで果てしもない歳月をかけて堆積する台地のように、時間の積み重ねで独特の力を感じる空間を作り出している。
 それは、地形や住む人々、街が大きく変化したとしても、忘れられない土地の記憶としてずっと残り続け、直接的な影響を受けているのかもしれない。
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