





京都ではなく、たまたま近所で古い菊の椀を見つけた。江戸時代のものらしい。早速使おうとしたが、やはり私の今の料理には映えない。加賀の漆器屋に写してもらうことにした。前ページ左が本家、右が写しの椀である。一見同じようだが左の本家は赤漆がはげていて、それが逆に侘びた風情で味わい深い。右の写しは、葉脈まで再現され、生まれたばかりの生き生きとした様が美しい。この二つの椀に同じ料理を盛ることなどできないということがお分かりいただけるだろうか。時を越え、自然のままに侘びた風格を備えた椀に小手先の料理は似合わない。この風格には自然の物を自然のままに、が道理であろう。そしてこの椀がいつ、どんな料理を盛られてきたのか空想する。椀内に焼けの見えないところをみると、料理屋使いではなく個人のお宅で慶事にあつらえられたのだろう。もしや皇族? 空想をお題に料理を仕立てるのも楽しい。赤漆を失った椀にはやはり赤い海老を盛って焼き茄子をあしらう。天に菊花を添えれば祝事の椀盛りといえないだろうか。写しの椀にはやはり菊のお題で今の「かんだ」の料理を盛ろう。鱧のすり身に玉子を混ぜて、やはり鱧の出汁で淡く味付けた湯葉を合わせ、重陽の椀盛りとした。菊葉に見立てたのはクレソンの新芽。華やかな漆の椀中にこれ以上の色合いは無粋だ。
料理は基本的に素材を生かすための工夫のみで生まれるべきものだが、料理人としては器から料理を考え出すことも楽しみの一つである。
元麻布「かんだ」
東京都港区元麻布3-6-34 カーム元麻布1F TEL03-5786-0150
料理は基本的に素材を生かすための工夫のみで生まれるべきものだが、料理人としては器から料理を考え出すことも楽しみの一つである。
元麻布「かんだ」
東京都港区元麻布3-6-34 カーム元麻布1F TEL03-5786-0150