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 ところで、「椀」で汁を食むのは、日本人だけということをご存じだろうか。
 中国料理においても、スープ「湯」は非常に重要な料理であるが、こちらは「碗」で頂く。つまり、木で作った「椀」ではなく、石で作った「碗」である。
 中国ではスープを「碗」に入れて、せいろで長くふかして作ったり、温めたりして、そのまま客に出すことが多い。もちろん、このほうが冷めにくく、熱々のスープ好きには都合がいい。
 しかし、日本料理は「椀」にこだわってきた。特に本式の懐石料理の煮物椀は「椀」でなくてはならぬ。これを日本人特有の保守性と片付けることは簡単だが、もちろんそれだけではないと思う。
 まずは口当たり、唇に直接触れる木の椀のカーブ、つまり口縁はまさに軽く口を横に開いた時の口角に等しく、口になじむ。そして、かすかな漆の香り。上品な一番出汁にひそかに絡むこの漆の香りこそ、日本の雅を体現する椀の真骨頂である。
 しかし、本当に大切なことがもう一つある。それは、“食べ手"としての準備だ。
 お椀を目の前に出されたら、まず箸を置いて、両手で椀を持つ。そして、両の手のひらで包み込むように椀を持ち上げ、その中に集中する。こうすることで椀の中に、気と心が入っていく。日本料理のお吸い物は、決して濃い味には仕立てない。濃いことは美学に反するのだ。淡く端麗であること。その美学において実は、食べ手にもそれを感じる、心の準備が必要なのである。
 椀から両手に伝わるぬくもりを感じ、そうして静かに椀に口をつけ、お出汁を頂く。この緊張感の中にこそ、“美味"が潜んでいるのだ。

元麻布「かんだ」
東京都港区元麻布3-6-34 カーム元麻布1F TEL03-5786-0150
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