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椀味不只淡 第5回
文・神田裕行(元麻布「かんだ」店主)
Photo Masahiro Goda
神田裕行の椀五十選 第5回
 元麻布に店を開店して1年が過ぎるころ、故郷・徳島より母が上京した。18歳で修業に出て22年、初めてカウンターに立って、母を迎えたことになる。
 食べ終えた母は、静かにこう言った。「おいしかったけど、お椀が温かったわ……」
 修業時代、椀盛りの前にはしつように椀を温める作業に「なぜここまで温めなきゃならないの?」と疑問に思う自分もいて、店を持ってからは冬の気温が低い時以外、椀は温めていなかった。そうしなくても熱々の出汁を張れば、最初のひと口は十分に熱いからだ。
 しかし、母が帰郷したその日から「かんだ」では、椀を2度温めている。その方法は、椀に熱湯を2度張るというものだ。1回目の湯は椀を温めるためだが、椀に熱をかなりとられてしまい湯温が下がるので、もう一度、熱湯を張って椀を熱くする。それゆえ椀に口をつけた時、熱いのは当たり前。椀の出汁を全部飲み切るその最後の一滴までを、熱々で召し上がっていただくための工夫だ。
今では、「かんだ」の椀の温度を褒めてくださるお客様の多さに、母が口にした“苦言"に、感謝するばかりである。
(左)新銀杏しんじょとしめじ碗
青く翡翠(ひすい)色に輝く新銀杏は、10日ほど冷温で熟成させる。皮をはぎ高温の油に通して後、乾いたタオルで拭きあげる。あら潰しにして海老と一緒に炊いて蒸す。

(右)
翡翠茄子と松茸の葛煮
茄子は京都の“とろ茄子”。繊維が細かく、火を入れてなお、とろりと甘い。松茸は葛引きした出汁に入れると、身が縮み過ぎず、香りも汁にとじ込めることができる。
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