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椀味不只淡 第9回
文・神田裕行(元麻布「かんだ」店主)
Photo Masahiro Goda
(左)蛤しんじょ椀
蛤の叩き身を白菜の新芽に包み、蒸す。
しんじょから白濁したうまみがじわりと溶け出しした。

(上)大根のみぞれと真鯛の潮汁
寒の真鯛は脂が強い。荒おろしの大根を加えて潮汁とした。
みぞれというより雹かもしれない。
神田裕行の椀五十選 第9回
 私は個人的に椀が好きだ。
 西洋風にスープであっても、中華風に“湯"であっても、とにかく温かい“汁"に目がない。朝でも夜でも、疲れた時、寒い時期なら、なお一層メニューに汁ものを探している。
 旅先でその土地のスープを味わうというのも楽しい。地方料理は、その土地の地理や歴史、産業や気候といったさまざまな環境の代弁者であると同時に、そこに暮らす人の知恵と工夫を感じさせてくれるからだ。
 1996年、香港の老舗「天香楼」でのスープは忘れられない。鴨の舌の薫製や、白菜の芯を炒めたものなどを皮切りに始まった長大なコース料理の最後に、大人が両手いっぱいに抱えるような大鍋が出てきた。アワビ、フカヒレ、金華ハム、魚の浮き袋などなど、中華料理の高級素材のことごとくが入ったその鍋を見て、「もう無理です。そんなにたくさん食べられません」と辞退しようとする我々に、この日のホストであったマレーシア人のチェイさんは、「違う、神田さん、これ食べ物じゃない、飲み物」と笑って言ったのだ。氏はジャッキー・チェンと映画関係の仕事をしている人であったのだが、ジャッキー・チェンは毎朝のようにこのスープだけを飲んで仕事に出掛けるそうだ。なるほどスープは、最も胃腸に負担を掛けずに栄養を取ることができるだろうし、体型を維持するのにもいいだろう。世界にカンフーブームを巻き起こした香港の英雄にふさわしい、朝ご飯である。
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