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椀味不只淡 第10回
文・神田裕行(元麻布「かんだ」店主)
Photo Masahiro Goda
神田裕行の椀五十選 第10回
 春を待っているのは、人間だけではない。
 冷たい土の中では、ふきのとう、わらび、筍やら山菜たちが息をひそめて出番を待っている。
 三月、寒空の隙間から陽光が降り、芽吹きが一斉に始まる。ありとあらゆる“芽"が、土の中から頭をもたげて立ち上がる。“春"は“芽"を食べる季節だ。
 “野菜"とは、“畑で人間が作った野菜"の意味だろうか。ならば、山菜こそが本当の意味での“野菜"=“野生の菜"であるのではないだろうか。たらの芽、山うど、こしあぶら、エトセトラ。
 芽吹いてきた山菜たちの共通点は、「ほろ苦さ」だ。大人になって初めておいしく感じるのは、きっとほろ苦さが“高貴なうまみ"だからではないだろうか。てんぷらや佃煮にすると、どうやっても残るこの“ほろ苦さ"は、きっと山菜たちの“命"そのものではないか、という気がしている。
 春の芽吹きの代表格は、筍だろうか。
 伸びるのに任せて、放っておけば、みるみる大きくなって、竹となるぐらいだから、その滋養たるや大変なものである。
 「筍は裏山のものが良い」と昔、教わったことがある。つまり、山の南側の日がよく当たる場所は、土が乾燥して硬く、その分、筍が土の中で堅くなる。一方、日の当たらない裏山の土はじめじめしていて軟らかいから、筍もあくが少なく柔らかい。といった説明だったが、本当のところはもっと複雑で、土中のアルカリ分やらの土質が甘さを決めるようだ。ともあれ、自生である以上、“テロワール"がその品質の第一条件となることは間違いないだろう。
(左)山菜沢煮椀
沢煮とは文字通り、さっと軽く煮た煮物。油を抜いた薄揚げと共に。
長く煮れば一体化する。共存が望ましい。

(右)猪のみぞれ汁
薄切りにした猪肉にはしょうゆをもみ込み下味を付ける。
クレソンと共に湯に通し、カブラを入れた出汁を張る。
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