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 あるいは今どきの創作和風ダイニングだと〈カリスマ漁師Aさんが一本釣りした紀州カツオのタタキに、有機栽培一筋のBさんが、手塩に掛けて育てた淡路玉葱を添えて〉などとなる。
 微に入り細に入り、皿の上のすべてを、時には皿に載る前の素性や、成り立ちをメニューに書き尽くす。以前なら、前者は〈帆立貝のムース〉、後者は〈カツオのタタキ〉としか記されなかっただろう。さすれば、今回のような不祥事には至らなかったに違いない。
何故こうなったのか。それは消費者が求めたからである。あるいはメディアが煽ったからである。これは本連載でも繰り返し書いてきた。
 ひと皿の料理を殊更にさまざまな形容詞で飾り立てる店側の言い分を鵜呑みにして、何ひとつ検証することなく、そのままを消費者に伝えて来たのは他ならぬメディアなのである。自戒を込めて書くのだが、メディア側が連帯責任を問われてもおかしくない話なのである。
 店、メディア、そして客が一体となって推し進めてきた〈食〉のブランド化が、ここに来て綻びを見せ始めたということだ。
 〈食〉のブランド化。その魁さきがけとなったのは京都である。京野菜から始まり、京豆腐、京湯葉、京惣菜、京漬物。全てに〈京〉を冠するだけでブランドと化し、過大な付加価値を与えてきた。
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