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 今でこそ、酢飯とネタ、あるいは具が一体となったものを〈すし〉と呼ぶが、元を質ただせば保存食として、米を発酵させたものを〈すし〉と呼んだ。いわゆる〈ナレズシ〉。その発酵の手伝いをした魚を一緒に食べたのが〈すし〉の始まり。寿司の元祖とも言われている鮒ふな寿司がその代表。
 古く奈良時代までさかのぼると言われる鮒寿司は近江が本場。1300年を経た今も、連綿と作り続けられている。代表的なのは琵琶湖の北端に近い近江海かい津づ の「魚うお治じ 」。オーソドックスな飯漬けの他、飯漬けを酒さけ粕かすに漬け込んだ甘露漬けがある。
 大陸から水稲と同時に伝わったと言われる熟な れ寿司は、乳酸菌で米に味が付いたものだが、時間を省き、酢で味付けしたのが今の寿司の始まり。そしてその酢飯で東西の味が異なる。
 最も大きな差異は甘みである。近畿地方を筆頭に、おおむね西の酢飯は甘みが強い。酢飯に砂糖を多く加えるからだが、そのせいもあって粘着度が高まり、結果、寿司の形にも変化が生じたのである。
 近畿で盛んな棒寿司や箱寿司、押し寿司などは、米粒同士がくっつかないと成立しない。砂糖を使わず酢だけで作った酢飯だと崩れやすい。とかくネタの出所ばかりが口の端に上りがちだが、鮨の半分はシャリの力。と書いてしまい反省しきり。鮨屋符丁を客が真ま似ねるのは野暮というもの。
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