
1年でその一生を終えることから〈年ねん魚ぎょ〉と呼ばれたことも、その理由の一つだろう。生者必滅の理を、身に沁し みて背負っていた武将には、短い命に自らを重ね合わせていたのかもしれない。
あるいは、独特の香気を放つことから〈香こう魚ぎょ〉と呼ばれる気高さ、季節によって呼び名を変える多様さも、武士の嗜し 好こうと合致したに違いない。
春には〈若鮎〉、秋には〈落ち鮎〉、冬ともなれば〈氷ひ 魚うお〉と呼ばれ、それぞれの季語ともなっている。もちろん〈鮎〉は夏の季語である。
戦の合間に歌を詠み、心を鎮めるには格好の季題となっただろう。食べて旨し、詠んで愛いとおし。戦乱の世で、鮎が果たして来た役割は、決して小さくない。
鮎に命の儚はかなさ、侘わ びた風情を感じていたのは俳人も同じ。
――鮎くれて よらで過ぎ行く 夜よ半わの門――
与謝蕪村の句である。友が夜半に訪ね来て門を叩たたく。釣り帰りだったのだろう。鮎を届けに来てくれた。寄って行くように奨すすめたが、友はそのまま立ち去る。後ろ姿に篤あつい友情を感じる。この情趣は鮎でなければならない。鮎は極めて日本的な魚なのである。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー
『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
あるいは、独特の香気を放つことから〈香こう魚ぎょ〉と呼ばれる気高さ、季節によって呼び名を変える多様さも、武士の嗜し 好こうと合致したに違いない。
春には〈若鮎〉、秋には〈落ち鮎〉、冬ともなれば〈氷ひ 魚うお〉と呼ばれ、それぞれの季語ともなっている。もちろん〈鮎〉は夏の季語である。
戦の合間に歌を詠み、心を鎮めるには格好の季題となっただろう。食べて旨し、詠んで愛いとおし。戦乱の世で、鮎が果たして来た役割は、決して小さくない。
鮎に命の儚はかなさ、侘わ びた風情を感じていたのは俳人も同じ。
――鮎くれて よらで過ぎ行く 夜よ半わの門――
与謝蕪村の句である。友が夜半に訪ね来て門を叩たたく。釣り帰りだったのだろう。鮎を届けに来てくれた。寄って行くように奨すすめたが、友はそのまま立ち去る。後ろ姿に篤あつい友情を感じる。この情趣は鮎でなければならない。鮎は極めて日本的な魚なのである。
かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー
『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。