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秋も深まったころ、京都の割烹で食事をすれば、恐らくは焼き物として出てくるだろう魚が若狭ぐじ。夏から秋にかけてが漁期となる。普通にはアカアマダイという名で通っている。つまりは甘鯛なのだが、若狭ぐじというブランドが付けば高級品となり、料理人にとっては素材自慢、調理技術を語りたくなるのは必定。それをそのまま鵜蜷桙ンにしたのではつまらない。
 なぜ甘鯛をグジと呼ぶのか。そんな質問をぶつけてみる。
「グジは昔、屈する頭の魚と書いてクツナと呼んだんやそうです。それを略して、クツとかグツと呼んでた漁師言葉が訛ってグジになったと聞いてます」
 そう答えてくれたら百点満点の料理人。
「身が柔らこうて、グジュグジュしてるさかいにグジと言うんと違いますか」
 これも悪くない答えだろう。最悪は、「さぁ、なんででっしゃろなぁ」。
 理系より、文系の料理人の方が旨い料理を作る。過去の経験則に基づく、僕の見分け方である。料理の産地や、細かな料理法ばかりを力説する料理人より、薀蓄話やエピソードを語る料理人の方が聞いていても愉しい。
 さてその若狭グジ。昆布で〆たり、椀種にしたり、棒寿司に設えたり、とさまざまな調理法で愉しめるが、最も一般的なのは塩焼きだろう。
 他の魚と違うのはウロコごと焼くこと。そのウロコが立っていて、パリパリと香ばしく食べられれば合格点。ウロコを立てずとも味わい深く食べることができれば、極上の腕前。そして何より、身がパサツカず、しっとり、ほくほくに焼き上げてあれば、熟練の腕前と判断できる。
 料理人からの一方通行ではなく、客とのやり取りがあって、始めて食を語り、綴ることができる。それにはしかし、客の側もある程度の知識が必要となる。事前の予習を怠らないことが〈食語り〉を愉しくする最大の勘所であり、受け売りばかりを連ねずに済む対処法でもある。
 料亭から割烹へ。客と料理人がキャッチボールを愉しむ時代の流れは、今や旅館にまで及んでいる。次回はそんな話をしよう。
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