
グーテンベルクの36行の聖書といった貴重な資料も多数展示する同印刷所は、2001年に記録文書が世界の記憶遺産、2005年は家屋・工房・博物館複合体が文化遺産に認定。知を伝播する新しいメディアとして印刷産業が順調に発展を遂げ、出版社も兼ねる欧州きっての文化サロンとなった。政治家や芸術家が集ったとされ、中でもルーベンスは印刷所の公式下絵画家も務めるほどに密接な関係を築いたという。現在も博物館内の大客間には、ルーベンスによる油絵の数々が往時を偲ぶように展示されている。
プランタン=モレトゥス印刷博物館 Vrijdagmarkt 22-23 2000 TEL +32(0)3 221 14 50
プランタン=モレトゥス印刷博物館 Vrijdagmarkt 22-23 2000 TEL +32(0)3 221 14 50
1568年から80年間に及ぶ独立戦争を経て、オランダはスペインから独立を勝ち取る。ここで特筆されるのが、この独立運動が欧州においてほぼ初となる市民革命であったという点だ。くわえて、出版物を通じたオランダ語による啓蒙が極めて大きな原動力になったという事実は注目に値する。今日においても、市民革命や政変においてはTV・ラジオ等の大メディアを占拠し、官製情報を一切遮断したうえで抵抗勢力側の情報を伝える、というのがセオリーとなっている。オランダ独立戦争におけるプランタンの印刷所は、メディア・センターとしての性格が極めて強かった。独立派の旗印となった「オランダ人としてのアイデンティティ」は、当時極めて異端であったオランダ語の出版物を通じて堅固なものへとなってゆく。この戦争の首謀者であったオラニエ公ウィレム(初代オランダ国王)も、革命遂行の一機能としてプランタンの印刷所を特に重要視し、しばしばここを訪れている。独立戦争は、結果的にアントワープの経済と市民生活を大混乱に陥れることになった。宗主国スペインと同様に少なくとも表層上は善良なカトリックとしてふるまうことが賢明とされていた時代、反スペイン・反カトリックを標榜することは、生命の危機、ひいては都市の凋落そのものを意味した。プランタンの事業も例外ではない。最大の取引相手であったスペインという市場を失ってしまったのだ。スペイン軍による主要施設の焼き討ち、市民の殺戮、暴行、強奪、という非道の限りを目の当たりにした彼は、カトリック(=スペイン勢力)でありながらも、反スペインの文書を密かに発行し続け、市民運動を側面から支え続けた。