
1555年クリストフ・プランタンによって建てられた、世界で最初に産業印刷が行なわれた工房兼住居。
ユネスコの世界遺産にも登録されているプランタン=モレトゥス博物館。ここは印刷史と同時に、中世史においてアントワープが演じた役を物語る存在だ。同博物館の前身は、印刷出版技師クリストフ・プランタンが同地に興した印刷所。フランス・トゥール近郊で生まれたプランタンは、結婚を機に1550年前後にアントワープに移住し居を構えている。スヘルデ川沿いにひらけたアントワープは当時、アルプス以北最大の街であり、青雲の志を抱く者にとって移住は至極必然的な選択だったといえるだろう。出版物が即、聖書を意味した当時、酔漢に襲われ重傷を負ったことをきっかけに、プランタンは福音書の普及を決意し印刷所を構えた。プランタン=モレトゥス印刷所の歴史はここから緒に就いている。しかし、あくまで仮説ではあるが、もしその後も彼が宗教的な出版のみに終始する技術者であったなら、アントワープ、そして世界史の歯車は異なる回転をしていたに違いない。