PAGE...1|2|3|4|5|6
1 久高島の集落の風景。神事に従事する人々の生活を保障するため、琉球王国では久高島にイラブー(海蛇)漁の漁業権を与えていた。
2 久高島の祭場のひとつ、久高殿。白装束の神女たちが粛々と祭事を行っていた。イザイホー祭の祭場としても用いられた。
琉球王国は、各集落のノロと呼ばれる神女に御嶽を管理させ、国王の血縁の女性をノロの頂点である聞得大君として組織し、国の祭祀を委ねた。神の啓示は絶対であり、神女らも大きな力を備えていたという。
 なかでも、神の島として特別な権威を与えられたのが久高島である。首里城の東方に位置し、斎場御嶽からは真東に当たる。アマミキヨが降臨したのが久高島であり、この地に五穀を伝えたともいわれている。琉球王国では、国王自ら聞得王君を伴って久高島に参拝した。それほど重要な意味を持つ存在であったのだ。
 現在では本島からフェリーが運航し、20分程度で渡ることができる。観光客もちらほらと訪れているが、長い間、経済活動とは無縁だったこの島ならではの、俗から隔てられた穏やかな空気は独特だ。集落はあくまで静かで、管理された祭場や御嶽があり、朝には白い衣装をまとった神女が祭事を行う場面に出会うことがある。久高島では、信仰において女性がその中心となる。祭事を執り行うのは女性のノロであり、女性が夫や家族を守る守護神となる。
 久高島の有名な祭事に「イザイホー」が挙げられる。久高島の女性が、祖母の霊力(セジ)を受け継ぎ、神女となる儀式であり、12年に一度の午年に行われる。参加できるのは、島で生まれ育ち、島の男性に嫁いだ30歳から41歳までの女性に限られる。この厳しい制約のため、1978年を最後に行われていないが、神の島としての久高島の伝統を物語る祭事だ。島では今も、年に二十数回の祭事が執り行われているのである。
その久高島で最高の霊地が、クボー御嶽だ。クバの木に囲まれた森の一角にあり、本島の御嶽以上にひっそりとさりげなく、自然のままのように見えた。しかしここは、海に出る夫や家族のために、何百年にもわたって神女たちが神の歌や踊りを捧げてきた場所なのだ。男子禁制であり、現在は一般女性も立ち入りを禁じられているが、この場所が持つ意味の深さを考えればうなずける。
 琉球王国は終焉し、その栄華は遺産として残っているだけかもしれない。だが、土地の信仰文化がこれだけ残り、脈々と息づいている事実は、奇跡と呼ぶに値するほど貴重である。沖縄の文化の粋は、確かに人々の中に継承されている。そのことを強く実感した旅だった。

写真3~5の説明
3 クボー御嶽。久高島では、神女が亡くなるとその魂はニライカナイに行き、その後、島の御嶽に宿ると信じられてきた。
4 御嶽の神々への供物。火の神や水の神、健康を司る便所の神などにも「御恩(グウウン)」と言われる感謝を抱き、祈りを捧げる。
5 久高島で見かけたヤギ。沖縄ではヒージャーと呼ばれ、祝い事の時などに山羊料理が食される。
PAGE...1|2|3|4|5|6
LINK
TRAVEL
宮古島誕生
>>2014.4.16 update
TRAVEL
うとぅいむち 伝統の風、新しい風
>>2019.10.3 update
TRAVEL
沖縄のリトリート 喜瀬別邸 HOTEL&SPA
>>2009.1.9 update
TRAVEL
沖縄のリトリート 喜瀬別邸 HOTEL&SPA
>>2009.1.9 update
CULTURE
中国青銅器の文様と語る
>>2018.11.12 update

記事カテゴリー