



1 東御廻いの御嶽のひとつ、玉城(タマグスク)城跡。アマミキヨに築かれたという琉球最古の城跡で、城門は琉球石灰岩をくりぬいたもの。
2 ヤハラヅカサで祈る人々。アマミキヨがニライカナイから渡来し、久高島の次に本島に降り立った、その最初の地だと伝えられる。
3 東御廻いの御嶽のひとつ「受水・走水(ウキンジュ・ハインジュ)」。清水の湧き出るふたつの泉と神田があり、稲作発祥の伝説がある。
4 斎場御獄から久高島を望む。春分と秋分の日、人々が最高神と崇める太陽が、久高島から生まれ出ずるように見える。
2 ヤハラヅカサで祈る人々。アマミキヨがニライカナイから渡来し、久高島の次に本島に降り立った、その最初の地だと伝えられる。
3 東御廻いの御嶽のひとつ「受水・走水(ウキンジュ・ハインジュ)」。清水の湧き出るふたつの泉と神田があり、稲作発祥の伝説がある。
4 斎場御獄から久高島を望む。春分と秋分の日、人々が最高神と崇める太陽が、久高島から生まれ出ずるように見える。
Sacred Places in Okinawa
神女に護られる
「神々の島」
神女に護られる
「神々の島」
維新後の明治12年、日本政府は首里城から国王尚泰を追放して沖縄県を設置し、ここに琉球王国の歴史は幕を閉じる。しかし、王国が消滅した現代も、沖縄の人々の間に息づき、受け継がれているものがある。琉球王国を護り、人々の心の拠りどころとして大切にされた信仰である。
沖縄の神話では、天の最高神である太陽神がアマミキヨに命じ、沖縄を創らせたと伝えられている。アマミキヨは、東方の海の彼方にあるニライカナイと呼ばれる理想郷から降臨した女神である。沖縄の信仰は、太陽と月を頂点とする自然神、火の神であるヒヌカン、アマミキヨ、そして祖神などの神々に祈る多神信仰であり、人々は神々が下るといわれる聖地「御嶽(ウタキ)」で祈りを捧げる。
首里城のみならず、沖縄の各地に築かれた城(グスク)には、必ず御嶽がある。むしろ御嶽が先にあり、そこにグスクが築かれたのである。それほど重要な聖地でありながら、御嶽を訪れると、木々の茂る森の片隅に、自然石が積み重ねられているだけであったりする。コンクリートで囲われている場合もあるが、たいていは見落としそうなほどさりげない。しかし、そこは今も多くの人が祈りを捧げに訪れる、大切に守られた場所である。問題は見た目ではなく、人の心なのだ。飾りたてられた建造物より、石や木があるだけの素朴な御嶽のほうが、自然神を崇拝するこの地の信仰にふさわしい。
琉球王朝から続く御嶽めぐり、「東御廻い(アガリウマーイ)」の地を辿ってみた。国王が旅の安全を祈願したという首里の園比屋武御嶽(スヌヒャンウタキ)に始まり、本島最高の霊地とされる世界遺産、斎場御嶽(セーファウタキ)などがあり、まさに沖縄の歴史と信仰を辿るコースである。沖縄では、同じ祖先を持つ血縁集団を門中というが、今もその門中の人々が、主に4年に一度、東御廻いをするという。海岸の御嶽、ヤハラヅカサで、持参した道具を広げ、祈りを捧げる人に会った。何もない穏やかな海岸で、満潮時には海に沈んでしまう小さな石塔に向かい、静かに祈る。その姿は厳かで、時が止まっているように見えた。
沖縄の神話では、天の最高神である太陽神がアマミキヨに命じ、沖縄を創らせたと伝えられている。アマミキヨは、東方の海の彼方にあるニライカナイと呼ばれる理想郷から降臨した女神である。沖縄の信仰は、太陽と月を頂点とする自然神、火の神であるヒヌカン、アマミキヨ、そして祖神などの神々に祈る多神信仰であり、人々は神々が下るといわれる聖地「御嶽(ウタキ)」で祈りを捧げる。
首里城のみならず、沖縄の各地に築かれた城(グスク)には、必ず御嶽がある。むしろ御嶽が先にあり、そこにグスクが築かれたのである。それほど重要な聖地でありながら、御嶽を訪れると、木々の茂る森の片隅に、自然石が積み重ねられているだけであったりする。コンクリートで囲われている場合もあるが、たいていは見落としそうなほどさりげない。しかし、そこは今も多くの人が祈りを捧げに訪れる、大切に守られた場所である。問題は見た目ではなく、人の心なのだ。飾りたてられた建造物より、石や木があるだけの素朴な御嶽のほうが、自然神を崇拝するこの地の信仰にふさわしい。
琉球王朝から続く御嶽めぐり、「東御廻い(アガリウマーイ)」の地を辿ってみた。国王が旅の安全を祈願したという首里の園比屋武御嶽(スヌヒャンウタキ)に始まり、本島最高の霊地とされる世界遺産、斎場御嶽(セーファウタキ)などがあり、まさに沖縄の歴史と信仰を辿るコースである。沖縄では、同じ祖先を持つ血縁集団を門中というが、今もその門中の人々が、主に4年に一度、東御廻いをするという。海岸の御嶽、ヤハラヅカサで、持参した道具を広げ、祈りを捧げる人に会った。何もない穏やかな海岸で、満潮時には海に沈んでしまう小さな石塔に向かい、静かに祈る。その姿は厳かで、時が止まっているように見えた。