ヘルマン・ニッチェとOMシアター
羊を使った作品で有名なものとしては、ヘルマン・ニッチェとダミアン・ハーストがまず思い浮かぶ。
ヘルマン・ニッチェは1938年オーストリア・ウィーンに生まれ、グラフィックデザインを学ぶ。最初は抽象画を描いていたが、60年代になってパフォーマンスを始める。ニッチェの代表作と言えば、「OMシアター(Orgies -Mysteries Theatre)」であろう。観客の五感すべてに訴える6日間の総合舞台芸術として、57年から構想が練られ、60年にウィーンで試演。しかしその過激さゆえ、何回かの裁判、収監3回という散々な結果に終わってしまう。なにしろそのパフォーマンスとは、子羊の皮を剥いで解体し、白い布に内臓や血をぶちまけるという、何とも言いがたい壮絶な内容なのだ。
しかし62年にはウィーンのアパートメント・ミュールで9時間にわたり上演、「アクション1」として彼の歴史に刻まれることになる。「OMシアター」とは古代ギリシャの酒神ディオニッソス(ローマ神のバッコス)の“乱痴気騒ぎ祭り"と“神秘的な劇場"といったような意味で、本人曰く「存在の歓喜の美的儀式」なのだそうだ。最初はニッチェ自身が羊の血を浴びたりしていたが、評判をよぶにつれ参加者たちも演じるようになる。彼ら(女性もいる)は全裸になり、羊の内臓や血を体中に塗りたくられ 、キリストの磔刑を模して十字架に括られ行進する。上演中は楽団がニッチェ自ら作曲した音楽を演奏、他の参列者はみな白い服を着て血を浴び 、最後はみなで祝宴を行い、残った数々の血に染まったシーツや服や十字架など、遺留品すべてをアート作品に仕立て上げてしまうのだ。
71年にはオーストリア郊外のプリンツェンドルフ城を購入、会場をここに移し、パフォーマンスは今年まで計131回を数える。過去には何度も逮捕されたりしたが、本国でも徐々に認知されるに至り、95年にはウィーン国立歌劇場の美術と舞台監督も委嘱された。もちろん現代美術界では世界を代表するアーティストのひとりでもあり、ドクメンタを始め、シドニー・ビエンナーレ、2008年には横浜トリエンナーレに招待されてもいる。