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鳥取市の海岸に広がる鳥取砂丘。遮るものが何もないため、風が強く感じられる。広大なだけでなく、場所によっては起伏もかなり大きい。風によって形づくられる風紋など、自然の美観に触れられる。
鳥取の建築と民芸運動
Photo Masahiro Goda Text Rie Nakajima
鳥取砂丘
「浜坂の遠き砂丘の中にしてさびしき我を見出でけるかも」
 1923(大正12)年、鳥取市に講演に訪れた小説家の有島武郎が、鳥取砂丘に案内されて詠んだ歌である。約1カ月後、有島武郎は軽井沢の別荘で婦人記者の波多野秋子と情死し、これが遺歌として注目された。鳥取砂丘に今も残る有島の歌碑から、ほんの500mほど先に、有島と親交の深かった与謝野晶子の歌碑が立つ。夫の鉄幹とともに、鳥取砂丘を訪れた時の歌だ。
「砂丘踏みさびしき夢に与かれるわれと覚えて涙ながるる」
 雄大な砂丘の風景を見ながら、旅立った友を偲(しの)んだのであろう。中国山地から流れる千せん代だい川がわと風が運んだ砂が、10万年といわれる気が遠くなるような歳月の中で積み上げられた広大な砂丘は、数々の文学者だけでなく、多くの人々を魅了してきた。その広さは、南北2・4㎞、東西16㎞に及ぶ。「馬の背」と呼ばれる名所では、標高が48mもあるという。膨大な砂の山を前にして、日本にこれほどの非現実的な風景があったことに圧倒される。
 ところで以前、鳥取県に日本で唯一、スターバックスコーヒーがないことについて、平井伸治(しんじ)鳥取県知事が「鳥取にはスタバはないが、日本一のスナバ(砂場)がある」と言ったことが話題となった。この発言をもとに、地元企業がオープンさせたのが「すなば珈琲(コーヒー)」である。市内に3店が営業しており、1号店は鳥取駅北口から徒歩1分の場所にある。砂丘の砂で焙煎(ばいせん)した、砂コーヒー豆を使ったサイホン珈琲が好評で、店内には市民はもちろん、県外からの観光客でにぎわう。現在では市内にスターバックスコーヒーも開店したが、今でも鳥取ブランドとして健在だ。
 この「すなば珈琲」だけでなく、市内を歩いていると、どこか懐かしい、鳥取らしさ、といったものを感じさせる店や風景に出合う。特徴として、やはり仁風閣(じんぷうかく)や鳥取砂丘の保護活動に携わった民藝運動家、吉田璋也(しょうや)の存在があるだろう。地元に多大な貢献をした吉田の遺志を受け継ぐ職人たちとその作品が息づく鳥取は、今も昔も変わらない、ものづくりの町である。
 特に、吉田が設立した鳥取民藝美術館が立つ民藝館通りには、吉田が開店した民藝店「たくみ工芸店」があり、因州・中井窯、延興寺窯、山根窯など、県内の窯元による陶器や、吉田がデザインした木製電気スタンドなどを見ることができる。民藝の器や家具に囲まれて、名物のカレーや、鳥取和牛を使った「牛肉すすぎ鍋」が味わえる「たくみ割烹(かっぽう)店」があるのもこの通りだ。 
 関東以北には、鳥取と聞くと砂丘しか思い浮かばないという人も多いことだろう。しかし、実際には文人たちの歌碑が残る鳥取砂丘の日本随一の風景とともに、豪奢(ごうしゃ)な明治建築の仁風閣、ものづくりの町が生んだ民藝品・工芸品など、旅人をさまざまに楽しませてくれる地だ。山陰に眠る、知られざる美や文化に出合える、鳥取を訪れてみたい。
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