
街の薫り−松濤
Photo TONY Text Chiharu Ono
茶園から変貌した高級住宅地
雑踏で賑わう渋谷駅周辺を抜け、東急bunkamuraの裏手を
回ると、景色は一転、高い塀が張り巡らされた邸宅街が現
れ、別世界へ誘われたような感覚に陥る。ここは、日本屈
指の邸宅街、渋谷区松濤。江戸時代、この辺りには、紀州徳
川家の下屋敷があった。明治維新後、旧佐賀藩主の鍋島侯
爵家が敷地を買い取り、職を失った武士のために茶園「松
濤園」を開いた。松濤とは、茶の湯が釜でたぎる音を、松風
と潮騒にたとえたことに由来する。1932年、湧水地を中心
とする一角が東京市に寄付され、鍋島松濤公園となった。
やがて都市部の発展とともに宅地へと変貌を遂げる。都
心にありながら緑も多くゆったりとした宅地は、富裕層の
人気を集め、高級住宅地としての礎を築いた。東急電鉄の
事実上の創始者である五島慶太は、東京初のターミナル
デパートとなる東横百貨店(現東急百貨店)を渋谷駅に開
業するなど、駅から連なるこの一帯を積極的に開発、発展
させた。


(左)すぐそばに渋谷の喧噪があるとは思えない落ち着いた住宅街。
(右)庭に樹木が生い茂るのも都心にあっては贅沢な景色。